前回の記事では、農薬の効能・国別の農薬使用量などについて考察してきました。
今回の記事では、食物からの農薬摂取は人体に有害な影響をもたらすのか。もし影響があるとすれば、どのような種類の毒性があるのか等、科学的な観点からじっくり調べ、そして危険度の高い残留農薬の多い野菜をリストアップします。
この記事でわかること
日本の残留農薬基準は信頼できる?
農薬取締法で決められた基準
農薬は人体にとって有害というクリティカルな言説や危険というイメージは、先行しやすく、農薬のリスク面は過大に流布してしまうという面があります。
前回の記事でも言及したように、残留農薬基準は農薬取締法によって厳密に制定されています。
また食品中の残留農薬の毒性・発がん性リスクについても、食品安全委員会によって評価され、公表されています。(*1)
農薬については慢性毒性試験を経て、人体への健康影響リスクは低く抑えられ、安全性が科学的に評価されているわけです。さらに、2020年に農薬取締法が改正され、国際的な農薬の規制を踏まえた再評価やリスク分析、ミツバチや鳥類等の影響に関する試験項目も追加されました。
残留農薬基準(MRL)は,人が摂取することを念頭に以下の手順で決定される. (中略)ADIはヒトがその農薬を一生食べ続けても健康被害が発生しない量である.この場合,ヒトは生涯で複数の食品を食べるので,それら全てを対象にその食品の原料となる作物に農薬を使用基準の範囲で最大限処理した時に残留する量(≒MRL)と,各国・地域で決めたヒトがその食品を摂取する割合(フードファクター, FF)の積の総和がADI の“80%”を超えないように,農薬の使用基準を決定する.
*1 食品安全委員会評価書一覧
農薬取締法のリスク評価は信頼できる?
健康に対する農薬の人体影響については、先述したように動物実験が実施され安全基準が設けられ、残留農薬についても各国で厳しい規制があり、安全性が確保されています。
ただし、農薬の人体的影響における毒性試験や実施を、リスク評価機関の食品安全委員会ではなく、リスク管理機関である農水省が行っていること、さらに毒性試験ガイドラインも、世界保健機関(WHO)ではなく、経済協力開発機構(OECD)によって作成されていることは注視すべきかもしれません。
そもそもOECD自体、経済成長を使命として掲げている機関なので、ガイドラインはあらかじめ決まった試験項目に則って作られており、想定外の人体への悪影響や毒性をスクリーニングする機能を持っていません。
以下の論文では、OECDガイドライン試験の信頼性、そして厚生省の基準であるADI(摂取許容量)を参照し、見落とされる毒性について、警鐘を鳴らしています。
2015年5月,厚労省はアセタミプリドとクロチアニジンの残留農薬基準値を大幅に緩めた。クロチアニジンについては,カブ(葉部),シュンギク,ホウレンソウの残留基準値(単
位はppm=100万分の1)を従来の0.02,0.2,3 から,それぞれ40,10,40へ引き上げた。妊婦が1日に摂取するホウレンソウは国民栄養調査のデータから14.2gと推定して ADI(正確には,この値の80%)を超えないとの見積もりによる。このときの厚労省の会議議事録によれば,引き上げ提案に対して複数の委員から疑問が発せられている。
厚労省は,一方で,妊婦に葉酸(ビタミン B の仲間)を十分にとるように推奨している。葉酸はホウレンソウなど緑黄色野菜類に豊富に含まれているので,葉酸摂取には欠かせない野菜である。しかし,推奨量の葉酸を摂取するために,残留基準値40ppmを含むホウレンソウを1日に210g(1株5本付で可食部26g)食べると仮定すると,1日に摂取するクロチアニジンの量はADIの1.5倍になってしまう。(参照)
2022年の「農薬の安全性とリスク評価」によると、食品安全委員会のリスク評価における農薬製造会社による安全性試験結果の報告書のほとんどは、未公開(実質は非公開)であるそうです。(国外では、研究者らの情報開示請求によって農薬登録が棄却された事例がある。)
残留農薬の人体への影響
農薬の危険性
このように近年の農薬取締法の改正によって、生物へのリスク評価対象は広がり、高い安全性が保たれているように見えます。しかし一方で長期的、慢性的な生態影響へのリスク評価については、安全性が確定しているとは言えません。(*2)
*2 OECDテストガイドライン(Test No.203:Fish, Acute Toxicity Test)に従い,開始96時間後における供試生物の致死をエンドポイントとしている 。
また、農薬の過剰使用が引き起こす人体・生態系への影響に警鐘を鳴らす研究者も増えており、ヒトへの健康被害の懸念、特に小児期の子どもへの影響を示唆する研究結果も存在しているのです。
以下は、農薬による人体への影響や、環境への浸出、土壌汚染などを示唆する研究論文です。
・規制値を下回るグリホサートおよびその市販製剤の潜在的な毒性 (参考文献)
・ほうれん草、レタス、キャベツなどは根菜類よりも高濃度の農薬を蓄積し、最大残留限度(MRL)を超えている (参考文献・研究)
・低濃度農薬の妊娠中曝露への懸念 (参考文献)
・農薬によるヒトの慢性疾患: 証拠、メカニズム、これからの展望 (参考文献)
・農薬中毒による自殺は依然として中国における自殺予防の優先事項である (参考文献)
・不妊クリニックの男性の精液の質に関する果物と野菜の摂取量と残留農薬 (参考文献)
・グリホサートはエストロゲン受容体を介してヒト乳がん細胞の増殖を誘導する (参考文献)
・農薬が人間の健康に及ぼす有害な影響: 癌及び、その他の関連疾患 (参考文献)
・乳がん細胞におけるプロモーター発現に対するネオニコチノイド系農薬の影響 (参考文献)
・ピレスロイド系殺虫剤曝露と血液がんの関係: 疫学的、生物学的、分子的根拠 (参考文献)
・スペイン南東部の農村地帯に住む子どもたちの出生前および出生後の農薬への曝露と神経発達への影響 (参考文献)
・残留農薬による果物と野菜の摂取量と冠状動脈性心疾患リスクとの関連性 (参考文献)
これらの論文を読んでも、農薬の長期的な生体リスクについては、根底にある分子構造は複雑で、まだまだ調査が必要であることがわかります。
関連研究においても対象が限定的であったり、動物実験レベルのものが多いので、必ずしも農薬による実害であるとはいえません。
しかし、アミノ酸系の除草剤であるグリホサートは、DNA損傷により発がんを誘発することがわかってきたり(*3)、パーキンソン病は低濃度の有機リン酸塩系農薬の慢性暴露が関係している可能性(*4)が示されるなど、一部の農薬が代謝経路に遺伝子に影響することも分かってきました。
・(*3)ラウンドアップ 360PLUS、グリホサート、AMPAによりヒト末梢血単核細胞に誘発されるDNA損傷のメカニズム (参考文献)
・(*4)パーキンソン病患者におけるDNAメチル化は、低濃度の有機リン酸塩への慢性曝露と関連 (参考文献)
また、子どもは体重に対して多くの量の農薬を摂取する可能性も示され、長期的な影響として癌や喘息、発達障害などの潜在的なリスクが懸念されています。
・カリフォルニア州の子供と成人に対する食品汚染物質曝露による癌、その他の健康への影響 (参考文献)
・エピジェネティクスと農薬 (参考文献)
農薬の生態系への実害
農薬による細胞レベルでの損傷が、長期的に障害や病気を誘発する可能性が分かってきました。
しかし一部の殺虫剤は人体への影響だけではなく、生態系にも深刻な影響を与えます。
ネオニコチノイド系殺虫剤のミツバチに対する影響は世界各国で報告されていますし(*5)、食物連鎖による農薬の生物濃縮が、さまざまな生物へ実害を与えています。
・(*5)農薬による成虫ミツバチの慢性的曝露とその影響 (参考文献)
・ネオニコチノイド系殺虫剤が飼育下の雌鹿の生理と生殖に及ぼす影響 (参考文献)
・食虫鳥の減少はネオニコチノイド濃度と関連 (参考文献)
ここまで、農薬取締法が農薬の毒性をコントロールするため厳密な承認システムを確立していること、しかし一部の農薬の蓄積は人体への影響、特に子どもの発達障害や病気を発生させる可能性があることをさまざまな角度から見てきました。
毎日生活していく中で、農薬の潜在的な影響を100%防ぐことは不可能です。
もちろん、有機栽培の食材を選ぶことが何よりですが、有機栽培の野菜は値段も高く、購入できるお店も限られているため、どんな食材も出来る限り農薬の摂取量を減らすことが大切です。
残留農薬に注意したい野菜ランキング
それでは、どんな野菜や果物に残留農薬が多く検出されているのか、ランキング形式で見ていこうと思います。
以下は、米国の農務省と食品医薬品局によって行われた果物と野菜の検査結果(2023年)です。いくつかの食材からは多量の農薬が検出されています。
(出典: EWG’s 2023 Shopper’s Guide to Pesticides in Produce™)
野菜 | |||
1 | ほうれん草 | 5 | 唐辛子 |
2 | ケール | 6 | サヤインゲン |
3 | からし菜 | 7 | トマト |
4 | ピーマン | 8 | セロリ |
果物 | |||
1 | イチゴ | 5 | リンゴ |
2 | 桃 | 6 | ブドウ |
3 | 洋梨 | 7 | サクランボ |
4 | ネクタリン | 8 | ブルーベリー |
野菜は、アブラナ科の葉物に残留農薬が多い傾向があるようです。果物はバラ科のイチゴやリンゴ、桃などに多く含まれます。
ちなみに以下の食材は、残留農薬の比較的少ない野菜や果物です。
残留農薬の少ない食材
野菜 | 果物 |
アボカド | パイナップル |
とうもろこし | パパイヤ |
玉ねぎ | メロン |
アスパラガス | キウイ |
キャベツ | マンゴー |
サツマイモ | スイカ |
きのこ類 | |
ニンジン |
有機栽培や無農薬の野菜・果物を選ぶことが一番ですが、有機の食材が手に入らない時や、食べる頻度が高い場合は、農薬をきれいに落としてから口にするのをおすすめします。
次項では、残留農薬のきれいな落とし方を解説したいと思います。