前回の記事では、乳酸菌と納豆菌について学んできました。
今記事は、お酢についてです。
この記事でわかること
酢酸菌について
三つ目の発酵菌は酢酸菌です。酢酸菌はアルコールを酢酸に変化させる細菌で、さまざまな「酢」を作ります。酢酸は強力な抗菌作用を持ち、寿司や酢漬けなど、昔から食品の保存と調理に利用されてきました。
酢の原料は地域によって異なり、たとえばアジアでは米から作る「米酢」「玄米酢」や雑穀を発酵させた「雑穀酢」、南欧やオセアニア地域の「ワイン酢(ぶどう酢)」、ドイツや米国では「りんご酢」などの果実酢、その他にも麦から作る「麦芽酢(モルト酢)」や、ナツメヤシの実を原材料にした「デーツ酢」など、多種多様の原料から酢があります。
英語のvinegar(ビネガー)は、仏語のvinaigreから派生した単語ですが、vinaigreは、ワイン(vin)と、酸味(aigre)の造語です。言語の成り立ちからもわかるように酒造と共に発展してきた食酢は、人類史において最も古い発酵調味料と言えるかもしれません。お酢の他にもナタデココやカスピ海ヨーグルトなどのスイーツ、干しぶどうや米糠(こめぬか)、蜂蜜にも酢酸菌が含まれています。
食酢の歴史
古代ギリシャ・ローマ時代における酢の活用
酢酸発酵、食酢の歴史は紀元前五千年まで遡ると言われています。古代バビロニアではデーツの実や、ぶどう酒から酢を造っていたとされており、古代ギリシアの歴史家、ヘロドトスや、哲学者のアリストテレスは自著に食酢について言及しており、さらに古代ギリシャの医師、ヒポクラテスも呼吸器や狂犬の噛み傷の治療に食酢を利用し、患者に酢卵を服用させていたという記録があるそうです。
紀元前4世紀に古代ギリシャの軍人であり歴史家であったクセノフォンの著作「アナバシス」にも、ペルシャ人がヤシの木からワインと酢を造っていたという記述が書かれています。古代ギリシャでは、水に酢と蜂蜜を入れて造ったとされる「オキシクラット(oxycrat)」という飲料があったそうです。
紀元前58-51年に書かれたジュリアス・シーザーの「ガリア戦記」の作中にもローマの兵士や市民が酢を水に入れて飲んでいたこと描写があり、彼らは飲み水の殺菌のために酢を利用していたとされています。
また、紀元1世紀のローマの作家コルメラは、ワインに酵母や乾燥イチジク、蜜等を使ってぶどう酢を造る製法を残していますし、旧約聖書にも酢というワードを使った記述が見られます。(※19)
古代ローマの階級貴族であり美食家のアピキウスによる料理帖にも、酢を用いたさまざまなレシピが載っているそうです。
中国でも紀元前1000年~200年頃に書かれた中国最古の礼書である「周礼」にも「醯人(※20)」という記述があります。さらに紀元前500年頃の衣食住の技術を記した農書にも食酢の製造方法が記載されており、紀元前1500年頃までにはアジアでも食酢を製造・使用がされていたことが窺えます。
中国戦国時代(紀元前403~221)の書「韓非子」には、「酒が酸敗して商品とならなくなった」と書かれているそうで、当時から「酢」は酒が古くなったものという認識があったのかもしれません。
酢の効能が公に立証されるにつれて、酢の生産体制は大規模になってゆきます。14世紀後半には世界最古の独立した酢の製造企業がフランスで設立されます。そして時代が進むにつれ、酢は代えの効かない調味料としてますます重要視されるようになり、さまざまな製造法が考案されてゆきます。
ペストと酢
1348年にイタリアでペストが大流行した際、イタリア人の医師であるトマーソ・デル・ガルポは手、顔、口を酢で洗うことを提唱しました。
この方法はヨーロッパ全土で認められ、17世紀、フランスでペストが広がったとき、ある四人組の泥棒が、酢を含んだ混合消毒剤を身体にかけたり、風呂に入れたりと、酢で黒死病を免れ盗みを繰り返していたという逸話が残っているそうです。
この調合剤は酢、ニンニク、ラベンダー、ローズマリー、ミント、その他ハーブで造られており、このレシピはフランスの公式の薬局方CODEXに登録され、今日でも「四人の泥棒の酢(Vinaigre des quatre voleurs)」という名前で売られています。
日本での酢の発展と食文化
日本には4世紀頃、古事記の応神天皇の時代に朝鮮半島から酒造の技術と共に食酢についても伝えられ、主に和泉の国で造られていたそうです。(いずみ酢)日本での食酢についての最も古い書物は奈良時代の万葉集で、持統天皇(687~697年)の宮延歌人、長思寸意吉麿の歌として「醤酢(ひしほす)に 蒜(ひる)搗(つ)き合(か)てて鯛願ふ吾(われ)にな見えそ水葱(なぎ)の羮(あつもの)※21」と酢について詠んだ歌が書かれています。鹿児島県の福山地方では、その時代(4世紀)に中国から伝わった壺を使った酢の製造方法が今でも受け継がれているそうです。(福山酢※22)
そして7世紀後半に建てられた藤原京の跡からは「酢」という文字が書かれた木簡が見つかっており、さらに8世紀に制定された法典である「養老律令」には、作酒司(さけのつかさ ※23)が酒とともに酢も造っていたことが記されています。
平安時代中期に書かれた辞書「和名抄(わみょうしょう)」にも酢について言及されており、この時代では干し物や生魚を食べるときの調味料の一つとして重用されていました。とはいえ、その頃は「酢」はまだ朝廷や貴族の間でのみ使われていたようです。当時は調味された料理は少なく、食事の席には醤、塩、酢、酒の皿が置かれ「四種器」と呼ばれており、中でも「酢」は魚の生臭さを和らげるための重要な調味料だったと言います。
室町時代になると酢を使った料理が出現しはじめ、調味料としての酢が注目されるようになります。米と魚を短い間、酢で漬け込んで飯に酸味があまり出ないうちにさっと食べる「なまなれ」は今でも押しずしや箱ずしとして、奈良の「鮎の生慣れ」や、秋田の「ハタハタ寿司」、石川県の「かぶら寿司」など、日本各地でその名残が見られます。
こうして酢の製法は少しずつ庶民にも広がり、江戸時代にはにぎり寿司をはじめ、酢を使ったさまざまな料理が生まれました。
※19 ルツ記 2:14「ここへきて、パンを食べ、あなたの食べる物を酢に浸しなさい」
※20 酢を扱う専門役人。「醯(ケイ)」は酢の意。
※21 訳「醤と酢に蒜を混ぜたもので鯛を食べたい。水葱の煮物なんて見たくない」
※22 福山酢:素焼きの壺に、蒸し米と乾燥麹と水を入れ発酵させるお酢。その際、酵母、酢酸菌、乳酸菌、麹菌が絶妙に糖化と発酵を促し、完成する。
※23 当時の朝廷に配置された酒造り専門の部署。
造酒司(さけのつかさ)
延喜5年(905年)援翻天皇の命により藤原時平・忠平が、宮中の慣行・法令をまとめた「延喜式」の造酒司(さけのつかさ)に関する項目に酒の造り方とともに酢の造り方が次のように書かれていました。
「酢一石の原料として、米六斗九升、米麹(よねのもやし)四斗一升、水一石二斗を用いる。陰暦の6月に仕込み、10日ごとに醸(かも)し、これを四度繰り返す。酢180リットルを造るのに、米103.1g、米麹61.5kg、水216リットルを使用(汲水歩合は130%)。発酵期聞は40日。—現在の米酢の製法に比べ、仕込み水の割合も少なく、酢の出来高も少ない。ただ、酒は陰暦の10月と寒い季節に仕込むのに対し、酢は暑い季節に仕込むとしており、酢の発群に適した季節も分かつていた。
世界各地で発展したお酢
酢は酒の発明と共に生まれたことは先に紹介した通り。アルコールを放っておけば発酵してお酢になるわけですから、酒とお酢の歴史は密接な関係があることがわかります。
酢はさまざまな地域の酒文化と切り離すことのできない調味料と言えます。例えば日本酒から造られる米酢が日本で最もポピュラーなお酢になったのは自明なわけです。(フランスではワインからワインビネガーが、イギリスやドイツではビールから造る麦芽酢が、といった具合に。)
この項では世界の主な酢を紹介したいと思います。
酢の主な産地 | |
酢の種類 | 産地 |
米酢 | アジア、中国北部 |
雑穀酢 | 中国南部 |
ワイン酢(ぶどう酢) | 南欧、南米、オセアニア |
バルサミコ酢 | イタリア北部 |
リンゴ酢 | 米国、ドイツ |
モルト酢(麦芽酢) | イギリス |
デーツ酢 | 北部アフリカ、中近東 |
米酢
米酢はアジア、特に日本と韓国で製造されている米が主原料の酢。日本では4世紀頃に酒造技術と共に伝えられました。
蒸した米に麹菌を入れ糖化させ、酵母を加えてアルコール発酵させ「酢もともろみ(酒)」を造ります。さらに水と酢酸菌を加え発酵させたものが米酢です。米酢は旨味が強く、米の甘味とまろやかな酸味が特徴で、酢の物や漬けダレによく合います。
雑穀酢
米以外に、小麦、トウモロコシなどの穀物や、豆、酒粕などを原料とする酢。米が40g以上使われると米酢とされるため、その他の穀物が原材料の多くを占めます。
現在では酒を醸造用アルコールが添付されることが多く、原材料が少なくてすむため安価で販売されています。旨味は薄く、さっぱりとしたさわやかな酸味が特徴で、さまざまな料理に使え汎用性の高いお酢です。
ワインビネガー(ブドウ酢)
ヨーロッパや南米など、ワインの産地でブドウを原料に造られるお酢で、ブドウの果実にワイン酵母を加え、さらに酢酸菌によって発酵させて造られます。
ワインと同じく赤と白の二種類があり、赤ワインビネガーは赤ワインと同様にコクと渋味を持ち、煮込み料理等に使われます。白ワインビネガーは爽やかな風味で素材の香りを活かすためドレッシングやマリネと好相性。
ワインビネガーの一種、シェリービネガーは、白ワインをベースにブランデーを混ぜて造る「シェリー」から造るスペイン特産の果実酢。シェリー酒独特の香りを持ち、ドレッシングへの活用の他、ソースにも使われます。
バルサミコ酢
バルサミコ酢は、イタリア北部の特定の地域(モデナまたは、レッジョエミリア)でのみ生産され、ブドウの果汁を煮詰め木製の樽で長期間発酵・熟成・濃縮された酢です。バルサミコ酢の製法は厳格に定められており、厳しい規格した製品のみがモデナ産、レッジョエミリア産のバルサミコとラベリングできるそうです。
熟成に使う樽の木材やその過程は生産者により異なり、バルサミコ酢のブランドによってワインのように風味の機微を楽しむことができます。また、ワインと同様に熟成期間が長くなるほど希少とされ、中には100年近く熟成されたバルサミコも現存します。
しかし、バルサミコ酢は伝統的な製法と歴史を持っているにも関わらず、酵母・乳酸菌・酢酸菌による発酵過程は今だ解明されておらず、人工的に生産することができないそうです。
濃厚で深い甘味が特徴で、イタリア料理の調味料としてサラダや、デザートにも使用されます。
リンゴ酢
リンゴ酢は、アメリカでは最もポピュラーな酢。17世紀に入りヨーロッパからの入植者たちはリンゴを育て、独自の酢を開発をしたと言われています。さっぱりとしたリンゴの芳醇な香りは、サラダによく使われる他、そのまま飲むこともあります。
フランスのノルマンディ地方で製造されているシードルビネガーも、リンゴ酢の一種です。
モルト酢(麦芽酢)
モルトビネガーは、柑橘類のような香りが特徴のお酢。17世紀に世界で初めて大規模なお酢の生産工場ができた際、そこではエールから造るモルトビネガーが造られていたそうです。
ビールを愛飲するイギリスやドイツでは代表的なお酢で、大麦、小麦トウモロコシなどの穀物を材料に、麦芽から製造されます。マヨネーズの材料に使われ、イギリスの郷土料理「フィッシュ&チップス」にもよく合います。
中世のイギリスでは、お酢はエールから造られることからvinegarを文字って、alegarと呼ばれていたそうです。
デーツ酢
デーツビネガーの歴史は古く、紀元前5000年、古代バビロニアの酢は、デーツ(ナツメヤシ)を原料に造られていました。デーツ自体が中近東で生産されるため、デーツビネガーも中近東、または北アフリカで造られています。
ケインビネガー(サトウキビの酢)
フィリピンの代表的な酢、sukaはサトウキビの白砂糖やヤシの花の蜜など、亜熱帯特有の食物から造られた蒸留酒です。カラフルな水のように澄んだものから醤油のように濃いもの、緑色、オレンジ色など色合いもさまざま。
フィリピン料理ではお酢を使ったお料理が多いです。フィリピン風春巻き(ルンピアン・グーライ)、フィリピン風バーベキュー(イニハウ)などには酢を直接つけて食べます。
蒸留酒
プリックナムソム(タイの酢)
タイ料理屋のテーブルでよく目にする「クルワンプルーン」と呼ばれる四種類の調味料は、砂糖、唐辛子、ナンプラー、酢で構成されています。その中のお酢、「プリックナムソム」は輪切りの唐辛子を蒸留酢に漬け込んで作ります。蒸留酒のため酸味が少なくマイルドな舌触り。
紹介した酢以外にも、中国の香酢や、ホワイトビネガー(アルコール酢)、マンゴーやグァバなどのトロピカルフルーツを使ったインドネシアのフルーツビネガーや、タイムやシャレットなどのハーブやスパイスを使用して造るフレーバービネガーなど、世界には4000種類以上のお酢があると言われています。
酢の健康効果
古くから酢は、健康促進、または栄養補助調味料として世界中で愛用されてきました。
酢の主成分であり、酸味成分の元でもある酢酸や有機酸(クエン酸、グルコン酸等)は、疲労によって代謝機能が衰え、体内に蓄積した乳酸を燃焼させ、さらにクエン酸回路(※24)の働きを活性化させるため、疲労回復をサポートします。
「クエン酸」は体内の脂肪をエネルギーに変え、「アミノ酸」が脂肪の燃焼を促すとともに、「酢酸」が脂肪の蓄積を抑えるため、肥満防止にも役立ちます。
酢に含まれる有機酸は、血液をサラサラにする効果や、血行改善に役立ちます。またクエン酸はミネラルの吸収を助ける働き(キレート効果)があるため、カルシウムやマグネシウム、鉄などの補助サプリメントにはクエン酸が配合させているものが多くあります。
また、有機酸には殺菌作用や、免疫力の向上、美肌効果など、ヒトの健康・美容においても多くの恩恵をもたらします。
以下は酢酸によって期待できる主な健康効果です。
疲労回復効果
生活習慣病予防効果
腸内環境の改善
高血圧抑制効果
美肌効果
ガンの予防
健康を促進するオススメの有機酢
ここまで、発酵食品におけるお酢の歴史と、健康効果についてお話ししてきました。健康効果の項で記した通り、お酢にはさまざまな健康効果が期待できます。
ただし、スーパーなどで売られている安価なお酢は、産地の不確かな原材料(お米や玄米)が使われていることが多く、さらに添加されるアルコールも、遺伝子組み換えのとうもろこしなどを原料に作られる場合がままあります。
お酢選びは、甘味料などの添加物や、アルコールが入っていないもの、また原材料のお米はできれば無農薬のものを選びましょう。
【有機JAS認証】センナリ 国産有機純りんご酢
青森県南津軽郡の有機りんご農家から仕入れたりんごで造られた、有機JAS認証のりんご酢。
国内では希少な無農薬のりんごを自社工場でカット・ミキシングを行い、2週間寝かせて丁寧アルコール発酵させます。
センナリが創業以来守ってきた伝統の酢酸菌を入れて、2〜3ヶ月発酵をさせます。発酵促進させる薬品などは使わず、自然のまま静置発酵を行っています。
原材料 | 有機JAS認証 りんご(青森県産) |
内容量 | 175ml |
熟成期間 | 2〜3ヶ月 |
アレルギー表示 | りんご |
使い方 | 酢の物や、洋風サラダなど |
【有機JAS認証】 美濃有機純米酢
有機JAS認証商品です。有機米、良質な水、米麹を使い、伝統的技法(多段仕込み)をもちいた酒造りの工程を経て酢に醸造しています。まろやかな風味が特長です。
原材料 | 有機米 |
内容量 | 360ml |
酸度 | 4.5% |
使い方 | 炒め物、サラダなど |
【有機JAS認証】 越前小京都の有機純米酢 500ml
有機栽培国内産米と仕込み水に名水百選に選ばれた御清水で有名な福井県大野の地下天然水を使用。まろやかですっきりした味わいと華やかな香り。
原材料 | 有機栽培米(福井、石川、秋田) |
内容量 | 500ml |
酸度 | 4.5% |
熟成期間 | 6ヶ月 |
アレルギー表示 | なし |
使い方 | 和洋中料理 |
「酢酸菌利用の歴史と食文化」 著:外内尚人
「酢酸発酵から生まれる食酢」 著:山田巳喜男
「進化する酢の方向を考える(日本醸造協会誌)」 著:中村訓男
「生活習慣病に及ぼす食酢の効果」 著:多山賢二