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発酵の底知れぬ健康効果(1) 発酵のメカニズムと歴史

                                   
学び
公開日時:2021/07/10
 
更新日時:2021/08/18
                       

醤油や味噌、納豆に鰹節、日本酒など、日本人の食生活の柱とも言うべき発酵食品。

加えて中東やヨーロッパでも発酵食品の歴史は古く、世界最古の「発酵食品」は、発酵乳(ヨーグルト)だそうで、その起源は牛の家畜化が始まった紀元前8000年頃とも言われています。

食材は発酵すると、保存性が向上し腐りにくくなったり、栄養価や旨味の成分が豊かになるなど人間にとって多くの有益な変化が生まれます。

今回はそんな発酵の歴史や発酵のメカニズムを紐解きつつ、さまざまな発酵食品、そして健康効果について学んでいきたいと思います。

「発酵する」とは何か

発酵の魔術的なメカニズム

発酵とは、食品に付着した菌やカビ、酵母をはじめとした微生物の働きによって、タンパク質や糖などの有機物が分解され、別の物質に変化するプロセスのこと。

たとえば、醤油や味噌は、麹菌(カビの一種)を大豆や小麦に繁殖させ、酵素を分泌させたものですし、ヨーグルトは乳に含まれる糖を食べた乳酸菌が乳酸を生成して作られます。

酵母

他にもパンやお酒(アルコール類)を作るのに欠かせない酵母や、チーズの発酵も主に青カビの発酵による生成食品です。

このように発酵食品と一口にいっても、多種多様な微生物の働きがあるわけです。

発酵と腐敗

多くの食品は常温のまま放置しておくと変色したり、味や香りが損なわれて腐ってしまいます。この「腐敗」という現象は目に見えない空気中の微生物が増殖して、タンパク質やアミノ酸などの食品成分を分解する工程を指します。

有機物が分解される際に、二酸化炭素や、メタンガスなどのいわゆる腐敗臭が発生することが多く、食品が腐ると嫌な臭いがするのはそのため。

「発酵」も腐敗と同様に、微生物の作用によって食品成分が分解され、乳酸やアルコール、炭酸ガスなどが生じる様態のことです。

それでは「腐敗」と「発酵」の違いはどこにあるのでしょうか?

腐敗

率直に言って、「腐敗」も「発酵」も、科学的に明確な違いはないそうです。

「腐敗」も「発酵」も、自然界においては普遍的な現象で、時間の経過による食品の「良い変化」を発酵「悪い変化」を腐敗と定義しているわけです。

でも、微生物にとっては物質の化学変化に良いも悪いもありませんよね。

たまたま人間にとって(味や栄養価において)有益な変化を「発酵」として重宝しているだけで、大局的にみれば「腐敗」も「発酵」も自然界の極めて普遍的な循環なわけです。
(発酵が保存性を高める効果がある一方、腐敗を抑制するための防腐剤の抗菌作用が人体に有害だというのはなんとも皮肉なものですね。)

発酵は人類学的な文化?

先に書いたように、「腐敗」と「発酵」について、クリアカットな線引きはありません。民族や地域によってもその定義は曖昧なものになるでしょう。

「くさや」や納豆を出されて初めて食べた西洋人は「腐ってる!」と憤慨する人もいるでしょうし、イタリアのサルデーニャ地方で作られている「カース・マルツゥ(通称:ウジ虫チーズ — ハエの幼虫に発酵させる)」は、見た目もさることながら、ほとんどの国と地域でその販売が禁止されているそうです。

韓国の「ホンオフェ(ガンギエイの切り身を発酵させた郷土料理)」も、アイスランドの「ハカール(サメの肉の塩漬けを発酵させた保存食)」も、フランスの「ビュー・ブローニュ(殺菌されていない牛乳をビールバクテリアによる発酵させたチーズ)」も、少なくない人が「腐敗」により分けるかもしれません。

臭豆腐

中国の臭豆腐

人体にとって有害な微生物の繁殖を「腐敗」と呼ぶ一方で、誰かが「食べたい」と思えたら「発酵」と呼ばれることを考えれば、(日本のほとんどのスーパーマーケットで納豆が陳列されているように)「腐敗」と「発酵」の間には、ごくごく限定された民族・地域間の慣習と経験による違いがあるにすぎないのかもしれません。

発酵の深き歴史

生命の最古の活動は「発酵」?

生命の三大活動は「呼吸」「光合成」「発酵」です。

植物は光エネルギーを取り込み二酸化炭素と水とで有機物を合成し(光合成)、動物は大気中の酸素を取り込み、糖などの有機物を分解してエネルギーを生成します(呼吸)。

しかし、地球上に酸素がなかったおよそ30億年前、太古の生物(バクテリア)は呼吸や光合成の代わりに「発酵」によってエネルギーを得ていました。

シナノバクテリア

シナノバクテリア

地球上に酸素が発生しはじめたのは、光合成をする細菌「(※1)」が出現するその三億年程後のことですから、それまで地球上に君臨していた生物は、発酵によってのみ代謝(※2)を行っていたわけです。

好気性生物である(※3)シナノバクテリアの出現によって海中と大気中に酸素が放出され、ようやく生物たちは呼吸による代謝を行うようになりましたが、呼吸よりも、まして植物の光合成よりも昔から行われていた「発酵」を、私たちはどのように発見したのでしょう。

※1 光合成を行う原核生物
※2 栄養をエネルギーに変換すること
※3 酸素を使ってエネルギーを得る生物

偶然の産物?発酵乳の起源は西アジア?

さて、人類にとっての発酵の起源はどのようなものだったのでしょうか。

先述したように、人類による発酵は動物の家畜化と共に始まりました。

紀元前7000年頃のイラン南西部や西アジアではヤギの家畜化が進んでいたとされています。

また紀元前4000年頃のメソポタミア・ウルク遺跡からは牛から搾乳している風景、乳加工している行程、壺に貯蔵する作業などのフリーズ(壁に描かれた絵画や彫刻)が、トルコ南東部の遺跡からはチーズ製造に使われたと思われる道具(紀元前6000年紀後半期)が見つかっています。

搾乳

さらにイギリスの研究グループEvershedが、西アジア周辺地域から出土した陶器の有機物における脂肪酸・安定同位体分析を行ったところ、土器から採取した有機物残渣に乳由来の脂肪酸が認められ、その結果少なくとも紀元前7000年紀には西アジアで搾乳・乳加工が行われていたことがわかっているそうです。

以上のように、動物の家畜化がはじまった地域では、時をさほど置かずして乳の加工・保存技術が確立されていました。

乳酸菌は空気中のあらゆる場所に生存しており、とくに西アジアのような温暖な環境下では、搾乳した乳を放置しておくだけでもすぐに発酵が進んでしまうわけですから、余剰分の生乳が偶然発酵乳になり、それが食糧を腐らせることなく長期的に貯蔵できる保存食として発見されるのは、自然な流れだったのかもしれません。

神話・伝承にも登場する発酵乳

そのようにして生乳は「世界最古の発酵食品」として重宝され、チーズやバターとしてユーラシア大陸全土に伝播していくわけですが、世界のさまざまな地域で進化を遂げていきます。

コーカサス北方から中央アジアにかけて遊牧生活を送っていたアーリア人は、紀元前2000年頃、馬乳から作った発酵乳アルコール飲料「クーミス(馬乳酒)」を愛飲しており、紀元前1500年頃にはバターミルクやカッテージチーズなどの加工を行っていたそうです。

遊牧民

他にも、紀元前4~5世紀頃の中央ユーラシアの遊牧民、匈奴(※4)は「酪」を、ブルガリアの先住民族、トラキア人の羊乳を発酵させた「プロキッシュ」と呼ばれるヨーグルト、コーカサス地方の「ケフィア(発酵乳)」など、各所で同時多発的にその風味豊かな発酵乳(ヨーグルト)が飲用されていました。

旧約聖書にも、子育てにおいて凝乳が上質な食べ物として登場しますし(※5)、古来インドの祝祭や神話にもダヒ(発酵乳)が神々に捧げる供物として扱われていたりと、世界の神話や伝承においても発酵乳の言及がされているのです。

発酵乳

また、13世紀、ユーラシア大陸の遊牧民族に巨大なモンゴル帝国を築いたチンギス・ハンとモンゴル騎馬民族もまた馬乳酒を常飲しており、のちにシルクロードを横断したマルコ・ポートは東方見聞録にタタール人のクーミスについて「馬乳は白葡萄酒と同じように作られ、乳を煮立て、表面の脂肪をとり、バターの原料にし、残りの乳は太陽で乾かし糊状の乾燥乳にして携帯し戦場に赴く」などと描写しており、遊牧民の生活において発酵乳がいかに大切であったかを伝えています。

日本に渡った乳製品や発酵食品

6世紀半ば、孝徳天皇時代に乳加工の技術は仏教とともにインドから中国を経て日本に渡り、時の朝廷に献上されました。

当初は皇室階級の間で飲用されていた牛乳も、乳牛の飼育、搾乳の技術が浸透するにつれて次第に貴族たちの間にも広がり利用されていったそうです。

当時、貴族たちは慢性的なミネラルやビタミン不足による疾患に悩まされており、乳製品は貴重な栄養源として恩恵をもたらしました。

また、中国の周礼(※6)や孔子の『論語』には「醤(醤油の祖)」の記述が見られ、また日本の古事記には「酒(麹)」が登場します。

こうして、原初的な発酵食品は、またたくまに世界中の地域に普及しました。冷蔵庫のない時代に持続的な栄養の確保と高い保存性をもたらす発酵製品は、当時の食生活を飛躍的に豊かにしていったわけです。

※4 紀元前5世紀の中央ユーラシア(モンゴル周辺)の遊牧民
※5「生まれてくるであろう神の子。その子は凝乳と蜂蜜を食べ物とする。(イザヤ書 — インマニエルの予言)」
※6 紀元前11世紀の儒教教典の一つ

発酵をもたらす微生物の発見

人類の歴史において、生乳や穀物の発酵は、長らく経験則によってその効能を人々は享受してきました。

当時、食品の発酵は「糖の分解」によって進むと信じられていましたが、17世紀後半にオランダの科学者、レーウェンフックが自身の制作した顕微鏡によって微生物の存在を確認した後、フランスの化学者、ラボアジェが、「アルコールの発酵」とは糖がエタノールと二酸化炭素に分解する作用だということを突きとめ、発酵メカニズムの謎が大きく動き出しました。

微生物

19世紀になると、多くの学者たちが微生物の働きによる発酵の原因を探求しはじめます。

スウェーデンの化学者ベルツェリウス、ドイツの化学者リービッヒらは、”発酵とは、酵母が死んで放出された物質(無生物)が糖に作用して起こる「化学反応」である“と主張したのに対し、”酵母(微生物)が発酵を発生させる“と主張を展開していたドイツの化学者シュワン、”発酵現象が起こるところには必ず(生きた)酵母が存在する“と、シュワンの主張を実験によって実証したパスツール(#7)。

彼らをはじめとしたヨーロッパの化学者の「発酵メカニズム論争」は、なんと60年もの間続きました。

パスツールの白鳥の首フラスコ実験

パスツールは、生命の自然発生説を否定するために、フラスコの入口を引き延ばして白鳥の首のように折り曲げ、フラスコ内部の肉汁を煮沸し、「外部の空気は入るけれど、フラスコ内は完全に滅菌された」状態を作りました。

そうすることによって、外から入とうとする細菌や微生物は、白鳥の首の曲がった部分に溜りフラスコ内に入ることができないため、肉汁は常に無菌状態が保たれ、1年以上も澄んでいました。

さらに、フラスコを傾けて、白鳥の首の下に溜まった微生物や細菌をフラスコ内部に流し込むと、肉汁が濁ることも確認されました。

この実験により、パスツールは「空気が生命を発生させるわけではない」ことと、「生命の存在なしに、発酵は起こらない」ということを実証したのでした。

白鳥の首

そしてパスツールの死後、ドイツの薬理学者ブフナーは、酵母をすり潰してろ過した後に残る抽出液からでも発酵が起こることを実証し、発酵現象は必ずしも「生きた」細胞によって起るのではなく、酵母の中の酵素(後にタンパク質であるとわかる)の触媒作用によって起る反応だということを定義しました。ブフナーはこれらの功績により1907年にノーベル化学賞を受賞しています。

酵母

このように「発酵するためには必ずしも生きた酵母が必要ではないこと」「発酵は微生物の酵素が作用している。さらには微生物の持つ酵素のみを抽出しても発酵が起こる」ことが証明され、発酵のからくり、そして酵素という概念が確立したのです。

その後も、多くの化学者によって発酵を発生させる酵素が発見され、それらが現代の発酵化学・微生物の研究へと繋がってゆきます。

発酵食品の底知れぬ健康効果(2)乳酸菌と納豆菌

参考文献
「魚の発酵食品」 著:藤井健夫 2001
「神話の時代から続く発酵食品 ヨーグルトを科学する」 著:堀内 啓史、北條 研一、横尾 岳大 2021
「搾乳の開始時期推定とユーラシア大陸乳文化一元二極化説」 著:平田 昌弘 2011
「古・中期インド・アーリア文献「Veda 文献」「Pāli 聖典」に基づいた、南アジアの古代乳製品の再現と同定」 著:平田昌弘、板垣希美、内田健治、花田正明、河合正人 2013
「ヴェーダ文献における発酵乳とSomaの神話-sa:q1nayyaを中心として」 著:西村直子 2010
「東方見聞録における酒に関する一考察」 著:高山卓美 2007
「日本古代における乳製品「蘇」に関する文献的考察」 著:斎藤瑠美子、勝田啓子
「微生物学」 著:宮川金二郎 他 2006

Marei Suyama

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